緊縛は性癖

前にサブカル新聞のコラムにも書いたけど、私にとって緊縛は性癖です。
芸術でもアートでも世界に広めたい日本の伝統美でも、なんでもなくてただの性癖。
いわばエロいこと。

写真にしていることは、ほんとたまたま。
最初は中銀カプセルタワービルに住んだ記念に、縄でもちょっと撮っとくかってなって、その時はいつもプレイで使ってるパステルカラーのロープ紐。
でもせっかくならちゃんと麻縄で撮ったら? と声さんに言われて、それが巡り巡って昨年の写真展でのお披露目した写真になるのです。
そこから先日また緊縛で撮ってもらって。これは今の記念なのだけど。

こうやって書いているのは、思うきっかけがあったからで。
とある撮影でご一緒したモデルの方が、自分は緊縛はエロいことじゃなくて芸術、アートだと思ってるっておっしゃってて、もちろん色んな考えがあるし、個人の自由な捉え方なのだけど、あまりにそれを繰り返し言うので、純粋に性癖でありエロいことだと思ってる自分がちょっと否定された気持ちになっちゃったのです。

単に性癖だったらダメ?
エロいこととしてやってたらダメ?

いや緊縛は美しいですよ。だから好きだし。それだけで成り立つものであることも重々わかってる。
けど私はパートナーとプレイの一環でやってるし、写真は逆に後付けというか、じゃあ緊縛ででも撮るか、みたいな。緊縛を中心に据えてないというか。

そんなことを思ったのです。

ふとXで呟いたのだけど、もしその方が見て不快に思われたら申し訳ないなと思って即座に消しました。
私はこういう良い子ちゃんなところがある。

あんなに2018年の芝居でそれを痛感して、変えたいと思ったのにね。
結局変わらずに8年経ちました。
いまでも良い人であろうとするから、SNSでも尖ったことが書きたくない。
それで誰かを不快にしたくないのです。

ちょっと話は変わるけど、もし賛否両論あったとして、私は確実に否の方を気にするタチです。
イベントも来てくれた人よりも、あの人来てくれなかったなと思ってしまう方。
ねちょねちょしてるよね。

でも言われたの。世の中の人、全員が自分の思ってるとおりになるって考えてることがおこがましいって。
すごいハッとした。
確かに。

自己肯定感が実は低い私だけど、なんでみんなに好かれよう、良い人って思われたいって思うんだろうって。
それこそ本当におこがましいよね。
こういうのはマゾじゃないんだよなー。

あと、変な人(頭がおかしいという意味です)も多い世の中で、賛否両論なくっちゃおかしいとも、パートナーは言ってました。
そうね、ほんとその通りだよね。

賛否両論あってこそ本物と、立川談志師匠は言ってましたし、それも分かってる。
でもね、波乃久里子さんが「良いものは良い。本物は本物」って、みんなが称賛するものもあるんだって言ってて、それもすごい分かるの。

だから私はビニヰルで芝居を打ってる時、この言葉に捉われすぎてて、いつも辛くなってたんだよね。
でも今ではそんなふうに戦ってた自分を褒めたいし、全力で抱きしめる。

いつ芝居の世界に帰れるかわからないけど、
いつ戻っても、また私だけの世界を作れるように、たくさんの出来事と思いを噛み締めていくね。