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7月にまったく文章を書けなかったのは、大事な人が二人続けて亡くなったからです。
山梨にいる祖母と、そして唐組の先輩。
このことをきちんと書かなくてはいけないと思っていて、その「きちんと」にあたしは縛られる。そして書かない。完璧ってなんなんだろう。

4日夕方に祖母が、5日朝に先輩が、立て続けに逝ってしまって、その1週間は泣きました。そしてお通夜お葬式のはしご。精神的にはどこかで頑張れても体力的に追い詰められて、それでもバタバタしてた怒濤の1週間はまだよかったのです。本当に怖かったのは、すべてが終わってまた生活がはじまるその日。

先輩のことを言うと、この1年で覚悟をさせてもらいました。たくさんそばにいさせていただいて、毎日一緒にいることもあったし、これはつきあってるのかな?と思うくらいに、笑、そして最初は受け入れられなかった病気のことも、少しずつ少しずつ納得していって、最後の1ヶ月はほぼ毎日そばにいて、その刻一刻と変わっていく体調を間近に見て、残りの時間を意識したし理解しました。

だからいま、半分わかってて、半分わかってないのです。
先輩がいないということが。
わがままをいうと、やっぱりこれから先も、そばにいて欲しかった。見守って欲しかった。叱りつけて欲しかった。どうしていないんだろう、って思う時はあります。

これからも演劇の話、文学の話、哲学の話をしたかったし、教えて欲しかった、議論したかった。
それがもう適わない。

人生は残酷です。
生きていくのも残酷、死ぬということも残酷。
どこにも救いはない。

だからって生まれなきゃよかったなんて、もう思いません。そればっかりを思ってた10代、そして20代前半だったけど、今は生まれ出てよかった。生まれたことこそが才能だと、そう思う。

いつかきちんと書かなきゃと思うけれど、あたしは自傷癖もあるネガティブ人間で、いじめられてたし、いじめてたし、鬱にもなったし、自分が大嫌いで、自分に自信がないことが最大の自信で、いついなくなれるだろうってそればかりを考えてきました。今もまったく片鱗がないとは言いません。

やっぱり去年の2月25日に王子の団地から飛んでしまえば良かったと思うこともあります。

でもあそこで飛ばなかったからこそ、喜びで5cm浮いてた1日も経験できたし、先輩ともこの1年一緒にいられた。そしてあそこから今日までのあたしが得た知識はかけがえのないもの。もちろん経験も。

ん、なにを書きたくなったの。あたしは。

最近思うのは、自覚的であるかどうかということです。
賢い、賢くない、なんてどっちでもいい。ただ自覚的であるかどうか、それだけです。
無自覚である人をあたしは擁護しません。
自覚的であるために、あたしはやっぱりもっと知識・経験を得たいし、勉強したい。
そう思いながら、生きています。

あたしが選んだと思うこのパラレルワールド。
実はまたわからなくなってしまいました。
とりあえず、ゆらりゆらりと移ろいでいます。